【全曲まとめ】地図を描くこと~Dorothy Little Happy 「STARTING OVER」を読む

記録としてひとつの記事にまとめてアップしておきます。

Dorothy Little Happyのセカンドアルバム「STARTING OVER

大好きな、そして大切なドロシーの作品。首を長くして待っていた作品です。

 今の段階の彼女たちが出すアルバムとして、贔屓目無しにとても満足のいく作品だったのですが、聴けば聴くほど、「なんとなく」すべての曲がひとつの流れを作っているように思えました。リーダーの佳奈ちゃんも、アルバムを曲順のまま全曲流れで聴いてほしいといった旨の発言をしていましたし、音楽や歌詞の起伏だけでなく、もっと具体的な物語がそこにはあるような気がしてなりませんでした。

 僕はこのアルバムのリリースイベントを終えて、改めてこのアルバムを聴く時間を、暇をみては一曲一曲を言葉にする作業をしていきました。そんなさやかな時間の積み重ねのなかで、このアルバムのすべての曲が共通のことば、共通の意味によって連関しあっていているのではないかという、ぼんやりとした感触を得ました。当然、12曲をひとつの物語として捉えたときには、疑問や矛盾が出てくるのですが、

(3月4日に放送した「ドロシーストリーム」

http://www.ustream.tv/recorded/44508040 では、そんな疑問や矛盾点を感じている段階で、アルバムの詞世界についてあまりポジティヴな言葉にできなかった記憶があります。) 

それらひとつひとつの疑問対して自分なりの答えを導き、この作品から読み取れるひとつの物語についての考えをまとめてみました。

 

 これから書いていく話はあくまで「試み」なので、過度な曲解だと捉えてください。

 筆者の性格上、一部論文調で堅苦しくわかりづらい文章や、言い回しに陶酔感ある鼻につく文章になってしまうかもしれませんが、そんな自分をさらけ出す勇気もこのアルバムはくれるから(もともと陶酔感のある美談しか言わないけど…)自由に綴っていきたいと思います。とはいえ大好きなドロシー、もっと好きになってくれる人が増えてほしいドロシーのアルバムによせて、彼女たちに魅了され続けるひとりのファンの言葉として、ほんのささやかな責任感を旨に秘めながら、自分にしては珍しく時間をかけ、文章を書きました。

 

地図を描くこと~Dorothy Little Happy STARTING OVER」を読む

 

――――このアルバムはドロシーリトルハッピーから導かれた12の音楽と詩が綴る、ひとりの少女の通過儀礼の季節を描いた物語だ。

 

もしも僕が立派な文学賞でももらっていて、権威的な立場からなんちゃってなコメントを求められたら、このアルバムに向けてこんなコメントを寄せようと思う。

 

「物語」といっても、もちろんこの「STARTING OVER」は誰かの意図に合わせて作られた曲をドロシーが表現したコンセプトアルバムではない。彼女たちに関わるスタッフと、複数の作家の手によって、ドロシーに向けて、そしてドロシー自身の意向を取り入れながら、制作された(ストックされた)12のポップミュージック、そのひとつひとつが適所に配置されたことで、そこに自然と一人の主人公が現れ、彼女の心象風景が綴る物語が生まれたように思えるのだ。

 

そんな観点から、このアルバムから「物語」を浮かび上がらせることを目的とした、全曲レビューをしてこうと思う。

 

 

 

1、COLD BLUE  

――――樹海の中で

 

“まだまだ消えない君への思い”という一説でこのアルバムは幕を開ける。

 

過去の出来事をひきずったまま、まるで樹海を彷徨うかのごとき狂気に満ちた混沌の中で君を探し続ける主人公の姿は、「君」の喪失がとてつもなく大きい苦しみであり、強く求めていることを感じさせる。

 

しかし、その気持ちとは裏腹に、主人公は“想い出に変わるまで”と、既に「君」を“想い出”にする覚悟をしているのである。

 

「君」を失った出来事に対して主人公は深い後悔の念を抱いており、「君」を強く求めるが、一方でもうどうしようもない現実に抵抗することなく「君」のことを諦めている。

 

自分の意思と現実と行動がバラバラな状態で主人公は樹海のような混沌に迷い込んだ。

 

この状況がこのあとの物語において主人公のトラウマとなりのしかかることになる。

この物語のプロローグ、主人公の出発点。

 

彼女は樹海を抜け出せるのだろうか…

 

2、2 the sky

――――始まりの合図

 

ここから物語本編が始まる。

 

プロローグ「COLD BLUE」で樹海のような混沌を彷徨った過去、“地図”を失った過去を経て、“始まりの合図”を聴いた主人公は、“地図がないなら、感覚でいいんじゃない”と、無理やり再出発を宣言する。

 

悩みつづけた過去に対し、“答えはない”ことに気づいた彼女は、“心のままに”

 

1 and 2 the sky !!!

 

リズムを取りながら 助走をつけて、主人公は一気に空に向かって飛び出した!!!

 

樹海からの強行脱出は成功し、相手のことしか見えていなかった狭い視野の世界に対し、“空から”俯瞰するように、360度、広い視野で捉えた世界がそこにある。「私はどこへでも行ける。」

 

主人公は新しい世界に辿り着いた。

“簡単に探せない”ものを求める気持ち、ワクワク感を胸に秘めて。

 

3.colorful life 

――――どんな出会いが待ってるの?  どんな色をしているの?

 

2 the sky」で樹海を飛び出し、“空”から俯瞰して捉えた広い視野を獲得した主人公。

この曲では大地に足を付けて空を見上げ、瞳に移る世界の細部の色彩にまで気を向けるようになっている。

 

全能感のある空の視点から、地に足をつけた大地からの視点への転換に、主人公が迷いを振り払って、再びこの現実の世界と向き合えるようになったことがうかがえる。

 

「君」しか見えなかった混沌から抜け出して、空の視点からこの世界を大きく肯定した。そしてこの世界で見えるさまざまなものに対し、喜びや愛しさを感じるようになった。

 

さらにこの曲の後半、主人公は「2 the sky」では、(過去の恋愛のことを忘れたいかのように)全く語らなかった誰かとの「出会い」について語り始めた。

 

“変わるのは自分自身”と受け身になるのではなく、自分から世界に対してアクションをするという姿勢を初めて見せた主人公。

 

そして、“出会いという彩りと輝きの力”がもたらす“まだ見ぬ世界”の足跡は、彼女のすぐ近くまで来ているのであった。

 

 

4.恋は走りだした
ーーーー伝えよう 想いのすべてを

 

主人公にとって自然とそばにいた「君」とのやりとりは“みんな恋だった”のに、それに気づかなかったのは「COLD BLUE」の出来事によって他人との関わりを無意識に避けようとしていたからかもしれない。

 

「君」に向けた言葉「大好きです」。

アルバムを通して考えると、これは主人公の心の中で生じた言葉なのではないかなと思う。

 

親しい関係の友人を「好きなんだ」って気づいた時に、気分が高揚しつつも、同時に謙虚になっている自分がいる。

「大好きです。」という表現にはそれがよく表れているのではないかなと思います。。

 

底抜けに明るい曲なのに、この曲を聴くたびに不思議と感動が生じる。時には切ない気持ちにもなる。



それは、アルバムの流れの中で、しばらく「特定の誰か」のことについて語らなかった主人公が、再び「誰か」に深く関わろうという、強い意思を表明する瞬間をこの曲で目の当たりにするからなのではないだろうか。

 

5.ASIAN STONE

――――でも見失わない そして溺れない様に 私らしく 穏やかなスピードで 

 

「恋は走りだした」で勇気を出して“新しい世界の大きな扉”を開いた主人公。しかし、すぐに物語のスピードを加速させて「ストーリー」に行かないのがこの物語が一筋縄ではいかないところだ。

 

もしも「君」に思いが通じて、「COLD BLUE」の歌詞のように相手のことしか考えられなくなくなってしまうのではないかという漠然という不安が主人公にはあるのかもしれない。

 

“これから訪れる日々は輝いていて 私には眩しすぎるでしょう”

 

恋は走りだした、だからこそ、そこで一度立ち止まって冷静になり、“不安な日々の中 見つけた大事な答えを忘れずいく”ことを主人公は確かめるのである。

 

6.CLAP!CLAP!CLAP

――――つまづいちゃって 傷ついちゃって 未知の世界へ飛び込んでいこう

 

 

ASIAN STONE」で一度冷静に自分の気持ちを確かめた主人公は、「君」との恋に踏み切るため、自分を開放する。

「君」との恋の先には「COLD BLUE」のような苦しみが待っているかもしれない。それでもいい、傷ついてもいい、もしそんな結末が待っていてもいい。その先に“転んだ方が見える景色 きっとあるから”。

 

“ハッピーになれる愉快な方法”で「君」に対する気持ちに向き合い、新しい世界に踏み出すために、主人公は会えてポップで軽快な表現で自分自身を奮い立たせた。

いままで「想い」を連ねてきたこのアルバムですが、このあとついに「君」との「ストーリー」が始まります。


7.ストーリー

――――何も言葉にしたくたって目が合えばわかってたんだ

 

「恋は走りだした」にて、「君」が好きだという自分の気持ちに気づいてから、「ASIAN STONE」、「CLAP!CLAP!CLAP!」にて、「君」との新しい世界に踏み出す冷静さと大胆さを確認し、ついに主人公は「君」との恋を始めようと決意した。

 

「恋は走りだした」でいつも「君」と並んであるいていた遊歩道は、「君」に恋をして“はじめて一緒にあるく帰り道”になった。

 

ただし、この段階ではまだ、「君」も自分と同じ気持ちなのか、主人公は確信にいたっていない。



“きみはどうしてだまってうつむいてるの?心の奥 読み取れなくて”

 

と「君」の本当の気持ち、本心を聞きたがる主人公。

 

この曲は「君」と日々を過ごしていく期待を歌った曲であるが、もう一方で、“君の描くストーリー”を「君」の“心の奥”の主人公に対する気持ちと読み替えることで、「君」が本当に自分のことを好きでいてくれているのか確認する曲として考えることが出来るのではないだろうか?

 

1番では“次のページめくってよ”と「君」の気持ちを文字で確認したいと思っていて、

2番では“次のシーンをとってよ”と映画の台詞、つまり声で確認したいと言う。



永遠に残る紙に印字された文字ではなく、その気持ちの表明が自分の記憶の中にしか残らない声でもいい、“君の描くストーリー”「君」の気持ちを聞きたいのだ。

 

しかし、この曲では最後までその願いは叶わないのだと思う。

3番でついに“君が描くストーリーはまるで虹色のメロディー”となり、そのメロディー“口ずさむラララ”には歌詞がなく、主人公は結局、「君」から「君」自身の主人公に対する思いを言葉で聞けなかったのではないか。

 

しかし、君への信頼から、自然に、迷うことなく、“何も言葉にしなくたって目が合えばわかってたんだ”と「君」の気持ちを自分の判断で解釈することを決める。

 

一緒に帰ったり待ち合わせをしたりする2人の関係に対して、胸の高鳴りや未来への希望をを感じながらも、「君」から本心を言葉で伝えられることのないまま、“君が描くストーリー”は主人公の想像の世界だけのフィクションとなる。(この曲で「マシンガンを放つ」シーンを取り入れたラッキィ池田氏の振り付けも意味深だ。)

 

では自分から聞いてしまえばいいとも思えるのだが、CLAP! CLAP! CLAP!」で傷ついてもいいと心に決めていても、「君」の前では“素直になれない私”になってしまい、自分から「君」の本心を聞きだすことはできない。

 

それでも

“未来は予測不能 毎日がワンダーランド”

と言い放つ主人公。



本心はことばにして伝え合っていないけれども、主人公が想像力を働かせて「君」と関わって行くこの恋は今、彼女のなかで大きなきらめきを放っている。そんなきらめきのなかに、永遠に「君」といたい。

 

過去に傷ついた主人公は「君」との恋というという新しい世界に踏み出し、「君」から逃げずに、「君」に信頼を寄せるようになった。

「君」も自分のことを思ってくれているのか確証はなくとも、そうだと信じている。



“雨あがりの青空へとこの物語は続いていく”という一節に、過去に長く「雨」(=樹海)の中にいた主人公の期待と願いが込められている。

 

8.どこか連れていって
――――はじけそうなの 「さあおいで」と手を引いてね もういままでの2人じゃない

 

「恋は走りだした」「ストーリー」では「君」と呼んでいた呼称がこの曲で「あなた」に変わる。

(語りかける部分のない「青い空」を除くと、この曲から二人称はすべて「あなた」に切り替わっている。偶然かもしれないし必然かもしれない、アルバムならではのマジックがかかっている。)



「君」から「あなた」へ。主人公の中で「君」の存在が変化していることが表れている。

 

まず、この曲で注目したいのは「地図」という言葉が出てくることだ。



明確な主人公の居場所を示すための「地図」はこのアルバムの重要なキーワードであると考えられる。

 

樹海の中で君を探し迷った「COLD BLUE」から、主人公はその次の曲の「2 the sky」で

“地図がないなら 感覚でいいんじゃない?”

と語った。

 

主人公は迷いを無理やり振り払おうとし、自分の居場所を正確に図るための「地図」は失っていた状態だった。

 

逆にいえば、「地図」を描くことで、主人公は本当の意味で過去の迷いから抜け出せるのではないか。

「地図」を描くことが主人公にとっての「旅の始まり」、このアルバムのタイトルにもなっている「SARTING OVER」を意味するのではないかと思う。

 

では、その「地図」の内容とは?

 

この曲での主人公が期待しているのは、あなたが連れていってくれる「ここではないどこか」だ。

 

2人だけの地図をかくの 旅が始まる”

 

ここで、主人公にとっての「地図」、明確に自分の居場所だと思えるのは「あなた」のとなりなのではないかと思う。

 

「どこかへ連れていって。」

 

「あなた」が“いつか話してくれた場所” “あなただけの秘密の場所”にたどり着ける“「2人だけの地図”を描くこと」、それこそが、このアルバムを通してここまで主人公が探していた“簡単に探せないからワクワクする”(2 the sky) ものの答えなのだと思う。


9.言わなくてよかった

――――苦しくたって そばにいたい

 

「どこか連れていって」にて最高に高まった「あなた」へのはじけそうな気持ち。

それは、「あなた」と“あの子”が主役の登場人物になってしまった夜の駅のシーンとの遭遇によって終わりを迎える。

 

“偶然みたの夜の改札で あの子とあなた 手をつなぎ歩いてた エスカレーターで あぁ キスをした”

 

主人公は見てしまった。「あなた」への想いを伝える前に…言わなくてよかった…

 

 

“どこか連れていって”という主人公の願い、ドライブ、2人だけの世界、星空を見つめるロマンティックな景色のイメージ…それらは、あまりに日常的な駅のワンシーンによって打ち砕かれてしまった。

 

いま、まさに、「あなた」への想いを抑えられないくらい胸が高鳴っていた、「あなた」とのストーリーを描けると思っていた主人公は、“あの子”と「あなた」のストーリーの傍観者になってしまった、そんな彼女に、再び現実がのしかかる。

 

「ストーリー」の「君」、「どこか連れていって」の「あなた」に対して、主人公が抱いていた確信めいた期待は、ただの幻想にすぎなかった。「あなた」の“無邪気さ”に自分は期待をさせられていただけだったのだ。

 

「ストーリー」では

“何もことばにしなくたって目が合えばわかってたんだ”

と感じていたし、この曲では

“きっとそうだって あなたもそうだって 目が合うたびに思ってた”。

 

磯貝サイモン氏、坂本サトル氏、2人の作家の歌詞、これらはフレーズだけだとほとんど同じ意味に見えるし、両方とも過去形だが、前者はこれからの希望が感じられ、後者は「言わなくてよかった」過去の出来事において、自らを嘲笑すらしているように感じる。

 

“「命賭けても守りたいものがある」”そんなあなたの言葉は自分に向けられたものではなかった。

 

“はしゃいでいた自分 おかしくて涙がでちゃうよ”と、“言わなくてよかった”んだと、「あなた」への感情の高ぶりに、しばらく忘れていた“聞き分けのいい自分”を思い出した。

 

聞き分けのいい自分、それは「COLD BLUE」で過去に強い気持ちで求めながらも“想い出に変わるまで”と諦めていた自分のことかもしれない。

 

しかし、ここまで来た主人公は、過去の自分を乗り越えようとしていた。

彼女はひとつの思いを確かめた。

それは、

 

“苦しくたってそばにいたい”

 

ということ。

 

「あなた」が言っていた。

“「夢はかなえるものだ」”

“「強く願えば 必ず叶う」”と。

 

だから、主人公も「あなた」のことばに従う。主人公にとっての「夢」=「あなた」に振り向いてもらうことを強く願う。

 

今もずっと信頼を寄せている、本当に好きな「あなた」の言葉、実践しようじゃないか。

 

それは自分のわがままだってことは主人公にだってわかっている。

 

そんなことをしたら、「あなた」は皮肉に感じるかもしれない、迷惑に思うかもしれない、でも今度は、自分の意思を貫いて「あなた」を諦めない。

過去の“聞き分けのいい自分に今夜さよならする”ことを決意した。

 

ここで、主人公は過去と同じように想いが叶わない現実に失望しながらも、過去の自分から脱皮をはかろうとする。

 

そんな決意だけでも、彼女にとっての大きな一歩だ。

そして、STARTING OVERというこのアルバムのタイトルが脳裏をよぎった。

 

「聞き分けのいい自分」とサヨナラした主人公、そのあと彼女はどんな行動を取り、何を思うのだろう…?

 

主人公が探していた地図の内容は、「あなた」が連れていってくれるミステリーツアーのための真っさらな地図なのかもしれない。

それが「私」と「あなた」で描いて行く“2人だけの地図”、主人公が定めた自分の居場所なのではないか。



(ドロシーのメンバーが詞を共作した「2 the sky」から坂本サトルさんの書いたこの歌詞に同じモチーフがあるのは偶然だろうけれども、そこにぼんやりとドロシーリトルハッピーが培ってきたことばの世界があるような気がする。)

 

この曲は前の曲「ストーリー」との歌詞の対比もできて、

 

「ストーリー」では

“おおきな夕焼け 赤く染まる道”で「また明日ね」と言われて帰った。

 

そんな関係から、

この「どこか連れていって」では、

“窓の外に流れていく星空のように輝く街”を「あなた」のとなりで車中から眺める、そんな関係を願っている。

 

夕景のもとで一緒に歩いた出来事を経て、夜景を眺めながら「ドライブ」をするシチュエーションを求める。これは、もちろん主人公の「君」に対する想い、さらには、その背景にある“今夜は帰りたくない”大人になることへの淡い憧れを感じることができる。

 

自分の居場所「地図」を「あなた」と描くことが、主人公にとって「大人」になることだ、ここで主人公はそんな風に考えているのではないだろうか。

 

そして、「あなた」の自分に対する想いを確かめていなかった主人公の気持ちは大きく膨れ上がって行く。

 

“はじけそうなの 「さあおいで」 と手を引いてね もう いままでの2人じゃない”

 

「ストーリー」終盤に見られた「言葉にしなくても目があえばわかる関係」が、主人公が思う“いままでの2人”だとするならば、この曲では“「さあおいで」と手を引いてね”という、相手に自分への想いがはっきりとわかる「言葉」と「行動」を求めている。

 

“もういままでの2人じゃない”と言い切ってしまうほど“はじけそう”な気持ち。

 

この曲で描かれているのは、主人公が「あなた」に自らの思いを伝え、「あなた」の本心を確かめる覚悟を決めた、その気持ちなのだと思う。


10.
青い空

――――自分らしく微笑んだら 陽はまた射し込む

 

この「青い空」という曲は「言わなくてよかった」で主人公がひとつの決意をしてから、しばらく時間が経ったあとの話だと思う。

 

「言わなくてよかった」から「青い空」へ。

「言わなくてよかった」で苦しくても「あなた」のそばにいたいと、諦めないことを選んだ主人公が「あなた」に対してとった行動と、その結末についての話は省略されたと考えてみる。

 

“聞き分けのいい自分に今夜サヨナラするのよ”

から

"きっといつかあんなこともあったと 笑える日が来る"

この間にあった出来事が、省かれている。

 

この流れから、現実はそう容易いものではなく、「あなた」のことを諦めなかった主人公の思いは報われることはなかったことが推測できる。

「君」とのストーリーは結末を迎えた。その結末は“あんなこと”として、まだこの時点で言葉にはできないけれど…(この曲では描かれていないが、もう「君」とも会うことはないと考えられる。※11曲目のレビュー参照)

 

 (これは映画のシーンとシーンの前後で大きく時間を経過させることで、観客にその間の物語を想像させる手法に近い。最初から企画されたコンセプトアルバムではないもので、音楽でこういう経験をしたのは、自分自身にとっては初めてのことだ。)

 

“色づく街 行き交う人”を一人で眺めている主人公。“戻らぬ時 悔やむよりも 明日を見つめよう”。

 

主人公にできることは景色を眺めながら、未来へ想像をめぐらせることだけだ。



それでも、(もう散々でてきた)「COLD BLUE」を彷彿とさせる一節“迷い 彷徨う 心模様”に対して、今度は迷い立ち止まることなく、すぐに歩き出すところに、主人公の成長が確認できる。

 

この曲で眺める“青い空”は「2the sky」や「colorful life」で希望の象徴として主人公の目の前に広がっていた空とは異なり、「あなた」への恋、そしてそれが報われなかった出来事を経て見つめる空だ。景色の描き方の対比によっても主人公の成長は伝わってくる。



(余談だけどこの曲の心模様で見上げる空って、多くの人が人生のある時期に体験してるものなんじゃないか。)

 

青い空や街の景色を眺めながら、一連の「ストーリー」について思いを馳せる。

そして、切なさを抱えながらも、彼女は前を向いて再び歩き出す。

 

"新しい季節を 今 迎えに行こう"



主人公は、再出発「STARTING OVER」の時を迎えた。

 

そして、その想いに対する「あなた」の気持ちは、次の曲で予期せぬ形で明らかになる。

 

11.STARTING OVER

――――「でも大丈夫」ってわたし 最後まで強がってみせた

 

 

「青い空」にて、主人公にとっての「あなた」を巡る物語は終わった。そして次は主人公がまた新しく、一歩を踏み出す時だ。

 

しかし、主人公は、この「STARTING OVER」で再び“ひとりじゃ生きていけない”と「あなた」のことを求め続けている。(振り付けも、ギターソロ部分での「混沌」を表すかのようなイメージが印象的だ。)

 

再出発のタイミングで、過去に囚われている状態では、前になど進めない。再び、「COLD BLUE」のように、樹海に迷い込みそうな歌詞である。

 

この「STARTING OVER」というタイトルは、主人公の精神的な成長という意味合いの「再出発」出会って欲しいが、楽曲が進むにつれ前向きな歌詞が見当たらない。少しずつ成長を遂げてきたと見えた主人公はまた降り出しに舞い戻ってしまうのか…

 

歌詞自体の意味をストレートに捉えると、そういった懸念が拭えない。

実際、自分も長いこと、主人公が過去にとらわれ続けている表題曲「STARTING OVER」の存在が、このアルバムの一番の疑問点だった。アウトロの未来へ続きそうな雰囲気は音楽的な希望を示唆するが、歌詞からは主人公の成長を想像させてくれる要素がないのではないか…

 

アルバムを流れで聴く中でこの曲で違和感を感じ、「明日は晴れるよ」にたどり着けなかったことも何回かあった。

 

しかし、主人公が一度前向きになった「青い空」の後にこの曲が配置されているのにはきっと意味がある。やはり、この曲の語り部は歩き出そうとしている主人公であるはずで、どこかに、この物語によって成長した主人公の痕跡があるはず…

 

 

この曲の歌詞のある部分を「言わなくてよかった」「青い空」の間で省略されたものと考えてみる。

 

省略された部分とは、聞き分けのいい自分と決別した主人公が「あなた」に対してとった「行動」についての描写と、その恋の結末だ。

 

「あなた」に“突然 もう会えない”と切り出された主人公。「ストーリー」からずっと“ただ好きだって言ってほしかった”思いは報われなかった。

しかし、「言わなくてよかった」で“聞き分けのいい自分”と決別の決別を決めた彼女は、“最後まで強がってみせた”のだった。「あなた」の思いが別の人にあっても、“「でも大丈夫」”と「あなた」を諦めない意思を伝え、“最後”までそれを貫き通そうとした。



これが、主人公が青い空で言葉にしなかった(できなかった)「あなた」への行動と、この恋の結末。

このように考えると、過去を引きずっているように見えるこの曲の中に、主人公の「成長」を確認することができる。

 

そしてその成長は2段階に捉えられる。



ひとつ目は、主人公は確実に「あなた」に思いを伝え、実行していたことだ。



主人公の内面の言葉で語られるこのアルバムの曲の中では、主人公の「意思」については語られるのだが、実際に「あなた」に思いを伝えている事実を確かめられる曲は「青い空」までなかった。(だから「あなた」に思いを伝えていない前提でこのアルバムから物語を読み取ってきた)

 

しかし、この曲で主人公自身の台詞“「でも大丈夫」”がカギカッコで綴られたことで、あなたに対して自分の気持ちを伝えたことがはっきりと描かれた。主人公はこのアルバムの中で、確かめてきた意思を初めて声に出して「あなた」に伝えたのだ。

(「でも大丈夫」はドロシーの代表曲「デモサヨナラ」に対応することばとして考えられる。「デモサヨナラ」といってしまった“聞き分けのいい自分”への決別として、「でも大丈夫」という台詞が発されたのではないか。坂本サトルさん、磯貝サイモンさんといった作詞家を横断して。…これはアルバム外の話になってくるので、また別の機会に。)

 

ふたつめの成長は、主人公がこの曲のなかで、叶わなかったこの恋の結末を語っていることだ。



「言わなくてよかった」と「青い空」の間での省略された部分、つまり語ることができなかった「あなた」への恋の結末をここで主人公はここで振り返ったのだ。「青い空」では“きっといつか あんなことも あったと笑える日がくる”の一言にまとめた“あんなこと”を自分自身の言葉にして綴ったのである。このこと自体が、更なる主人公の成長を示しているといえる。

 

前向きにな「青い空」の後に、さよならなんていえないと、再び「あなた」を求める。

STARTING OVER」は「あなた」と出会ったあとの一連の出来事を振り返り、そして今も変わらない気持ちを綴った歌なのだろう。

 

聞き分けのいい自分と別れた自分だから、「あなた」に影響を受けて“夢は叶えるもの”として「あなた」という夢を求めた自分だから、



もう、人生はこんなものだって、切り替えることはできない。だから、「あなた」に対する思いは、確かな自分の気持ちだ。

 

STARTING OVER」というタイトルでありながら、再出発をする意思を表明しないこの曲には、再出発をする時にも、決して揺るがない過去への想いかま描かれている。

 

「あなた」との恋を経て、主人公は自分に向き合った。

 

「青い空」で“きっといつかあんなこともあったと笑える日がくる”と主人公は語ったが、もう彼女の中には「あの頃の自分」として、過去の自分を振り返ることはない。

 

「あなた」が好きという気持ちはいくらでも過去の過ちにできる「若さ」故のものではなく、「自分」の本質的な部分が求めるものだ。今のこの気持ちは、未来の「自分」でも変わることはない普遍的なものであるという確信を得、それを感じている自分がいる。



だからこそ、その強い想いから綴られた言葉だけが「STARTING OVER」に表れていると考える。



大きな壁に立ち向かう勇気を持ち自らの意思を貫いたことで、決して揺るがない「自分」を発見し、主人公は「大人」への階段を登ったのではないだろうか。

 

12.明日は晴れるよ

――――世界で一番大好きな あなたを  そっと見てる

 

※アルバムを1曲目から通して聴いた上での、独断と偏見にまみれた歌詞解釈です。

 

このアルバムは11曲目までずっと自分の中で言葉を噛み締める、主人公の心象風景、言ってしまえば「独り言」の形で進められるが、アルバムを締めくくる「明日は晴れるよ」はこのアルバムの中で唯一「誰か」に語りかける形の歌詞となっている。

 

 

ここで話している者、語りかける相手は誰か?

 

“二人で語っていたあなたの夢が好き また話の続き聞かせて欲しい ずっと待ってるよ”

“願っても叶わないあなたの想い”



をキーフレーズにとして考えてみる。

二人で語っていた夢とは「私」と「あなた」の語った夢だと考えるのが自然かもしれない。このアルバムで主人公がずっと想ってきた(と私が勝手に捉えている)「あなた」から発される「夢」という言葉は「言わなくてよかった」にも登場する。

 

しかし、“願っても叶わないあなたの想い”というのは、「あなた」のこととして考えるのは唐突すぎるんじゃないか。「あなた」の夢が叶う/叶わないはこのアルバムの主題ではないだろう。

 

願っても夢が叶わなかったのは主人公自身なのだから。

 

このように考えた時、多少強引かもしれないが、ここで語りかける先「あなた」、それは、主人公自身であると考える。

 

そして、語りかけている主は主人公の中の、もう1人の自分とも捉えることができないだろうか?

 

こう考えると

“2人で語っていた あなたの夢が好き”

の部分は、一見男女の会話に思えるが、2方向の意味を見出すことができる。

 

主人公→あなた  

 

“2人で語っていた あなたの夢が好き”

 

想い出にある「あなた」の夢の続きをいつか聞きたいという想い、それはSTARTING OVERで綴った真の願いだ。

 

主人公→主人公の中のもう1人の自分 へ

 

“2人で語っていた あなたの夢が好き”

 

この夢とは、「ストーリー」で生み出され、「どこか連れていって」で最大限に大きくなり、「言わなくてよかった」で諦めなかった「あなた」と物語を作っていくという“夢“であるとも考えられる。

 

主人公が自分自身に語った(確固たる意思を貫いた)「あなた」を諦めないこと、その「夢」=自分の意思が好きといえる確信。そして自分の話の続きを聞かせて欲しい、ずっと待ってる、という、迷わず自己を肯定する気持ちの芽吹き。

 

一つの歌詞に複数の読みができる。

少々都合がよすぎるかもしれないが、主人公は「2人で語っていた夢」について回想することで「あなた」への変わらない気持ちを確信しながら、自分自身を肯定しているといえるのではないかと思う。

 

“また話の続き聞かせて欲しい ずっと待ってるよ”

 

主人公は自分自身に語りかける。

言いかえれば、主人公の中に、自分を客観的に見つめる眼差しの存在を感じるようになったということだ。

 

 世界で1番大好きなあなた をそっと見てる”

COLD BLUEで「あなた」を見失い、迷い続けた主人公の中には、今、いつでもそっと見守っている自分を「世界で1番大好き」と肯定してくれる自分がいる。「あなた」への想いは報われなかったとしても、そっと見守っていてくれている。

 

その存在は、迷いそうになった時に自分自身を常に導いてくれる「地図」なのではないだろうか。



樹海から強引に空へ飛びだし、「あなた」と出会い、「あなた」と描く2人だけの「地図」を求めていた主人公は、「あなた」との恋の中で、自分と向き合ったことで、自分自身の手で「地図」を描いた。

 

これから迷うことがあっても、自分自身を見失うことはない。

 

それは、「大人」になるということなのではないか。

 

STARTING OVER

 

願っても叶わない想いはある。

それでも主人公と、彼女を優しく見守るもう1人の自分。

2人なら行ける 輝く明日へ」

 

自分を昨日の中に閉じ込めない、たとえ壊れそうでも、自分から逃げない。

 

「明日は晴れるよ」

 

主人公は、自分で自分にそう語りかけた。

 

 

●あとがき

 

これらがこのアルバムから自分が感じ取ったひとつの物語だ。だいぶ脚色しているところもあるけれど、「なんとなく」物語の流れを感じるこのアルバムに対して自分なりに辻褄を合わせてみた。もちろん、全てに辻褄が合っているわけではないけど、複数の作家の提供曲で構成されたポップミュージックのアルバムだからこそ、「なんとなく」の流れが面白いのだと思う。

アルバムの複数の曲の歌詞に、共通の言葉や、同じような意味だと考えられる言葉が登場する。坂本サトル氏とtaraco氏によって曲が提供されたドロシーのデビューから、歌詞の中に物語が存在するスタイルは受け継がれている。ドロシーの5人から引き出された言葉が。

 

こじつけに過ぎないが、このアルバムの主人公はドロシー自身で、「君」「あなた」に当たるのはドロシーの夢であると捉えることもできる。その夢とは、ドロシーリトルハッピーとしてずっと生きることなのではないか。夢の先を掴もうとして、見えなくなってしまった幾つかの時期を経て、今、強く望んだ思いを確認し、時間がかかろうとも、ドロシーリトルハッピーとして歩もうとしているのではないだろうか。STARTING OVERの物語は、メジャーデビューからのこの3年間、ドロシー歩んできた物語として見ても面白いかもしれない。

 

そんな風に今回はアルバムの物語性、言語性についてまとめてみたけれど、ドロシーにはそのステージを目の当たりにして、言語化できないような感動に浸ってしまう、そんな夜があるのも大きな魅力である。その点、ツアー、さらにツアーの先でこれからどんなシーンが見られるのか興味深い。



さぁ彼女たちが次に向かう先は?

STARTING OVERというアルバムから彼女たちがどこへ向かうのか、見届けられるって素敵だし、更なる作品を届けてくれるように、しっかりと見ていかなきゃいけないなと思う。